ところで、皆さんも「胸郭出口症候群」という症状名をご存知と思います。スマートフォンを利用すると、つい頭が下に向いてしまい、首回りに負担をかけがちです。この姿勢はストレートネックを引き起こす可能性があり、そのストレートネックの際に緊張する筋肉の影響を受けて、胸郭出口症候群が起こるともいわれています。
胸郭出口症候群の症状は、上肢の痺れ、肩や腕、肩甲骨周辺の痛みが挙げられます。また、前腕尺側と手の小指側に沿って疼くような、時には刺すような痛みと、痺れ感、ビリビリ感などの感覚障害に加え、手の握力低下と細かい動作がしにくいなどの運動麻痺の症状があります。その原因は、上肢やその付け根の肩甲帯の運動や感覚を支配する腕神経叢や鎖骨下動脈が絞めつけられたり、神経障害や血流障害が引き起こされ、その障害に基づくと考えられています。
腕神経叢・・・脊髄から出てくる第5頚椎神経から8頚神経と第1胸神経から形成される。
鎖骨下動脈・・・次の3点を走行する。
・前斜角筋と中斜角筋の間
・鎖骨と第1肋骨の間の肋鎖間隙
・小胸筋の肩甲骨烏口突起停止部の後方
胸郭出口症候群は病因論(病気の原因を広範な見地から研究すること)により、4つに分類されます。
・肋鎖症候群
・前斜角筋症候群
・小胸筋症候群
・頚肋症候群
肋鎖症候群・・・肋鎖領域とは、第1肋骨と鎖骨の間の空間のことであり、鎖骨が神経血管束および第1肋骨に向けて下方に圧迫されることで、肩、腕、手、指や背面に痛みや痺れなどが表れます。習慣性の頚肩腕過労による血行不良、姿勢や老化などによる骨格の変位、ケガなどで鎖骨や肋骨を骨折した後の変形などが原因として挙げられます。脊椎調整療法に加え、補助として姿勢へのアプローチが症状の軽減をもたらすと考えられています。
斜角筋症候群・・・斜角筋とは頚椎と呼ばれる首の骨から第1肋骨と第2肋骨についている筋肉であり、主に首を前に曲げたり、横に倒したり、肋骨を上に挙げる働きをします。この斜角筋が緊張することで神経と血管を圧迫し、疼痛を引き起こします。
まずはサブラクセイションが頚椎に存在しているかどうかを判定することから始めることが賢明でしょう。斜角筋は頚椎第2番から頚椎第6番に至る横突起に付着しているので、神経侵害が反射性の緊張亢進や関連筋の痙攣を引き起こす可能性も考慮します。
小胸筋症候群(過外転症候群)・・・小胸筋は胸の前にある筋肉で第3、第4、第5肋骨から肩甲骨の烏口突起という部分に付着しており、肩甲骨を前に出したり、息を吸う時に肋骨を引き上げたり、呼吸を助ける働きをしています。この小胸筋の下を神経と血管が通っているため、小胸筋が過緊張することにより、下を通る神経や血管が圧迫されることが原因と考えられます。はじめは肩こり程度に感じられますが、徐々に指先や手の痺れ、だるさ、冷えなども表れます。原因の一つとして猫背も挙げられます。
頚肋症候群・・・頚肋は胎生期の下位頚椎から出ている肋骨の遺残したもので、その確率は0.5%と言われます。通常の肋骨は第7頚椎の次に繋がっている第1胸椎の関節部分から始まりますが、頚肋骨がみられる場合は第7頚椎、時には第六頚椎からもう1本の肋骨が発し、鎖骨下動脈や静脈、腕神経叢を圧迫する原因になると考えられます。症状としては、前腕および手の痛み、痺れが小指側に偏っていることが特徴です。
胸郭出口症候群は、一般整形外科領域の中で決定的な診断法に欠けるということで治療も適切に行われていないのが現状と言えます。その原因としては、頚椎から肩、上肢におよぶ症状を呈するので、頚椎疾患、肩の疾患から上肢の疾患などとの鑑別が難しいということ、そしてDouble lesionといい、頚椎と肩、頚椎と上肢というように、2つの原因が重なり合っている場合が多いということもあります。手や腕の症状が出るものとして脊椎の疾患と胸郭出口症候群の鑑別も難しく、さらに近年では脊椎脊髄長不適合症候群というものも提唱され、さらに鑑別を困難としています。
今後もスマートデバイスなど、ITの発展は留まることなく進むでしょう。そんな中で思いもよらない痛みや不調に悩まされる患者さまも現れるでしょう。身体をよく知る私たち柔道整復師が、警鐘を鳴らしていく番かもしれません。
【参考】
MMD研究所×スマートアンサー「2017年版:スマートフォン利用者実態調査」
厚生労働省「平成28年国民生活基礎調査」
書籍「アプライド キネシオロジー シノプシス」デービッド S. ウォルサーD.C.著, 栗原修D.C.訳, 科学新聞社
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