接骨院勤務日報【#1~#4】
これは〈僕〉が施術家として、日々の仕事でさまざまなことに気づき、学び、愚痴り、そして日々成長しようと奮起したお話。
第1話:施術家の第1歩
…21歳の3月。
僕は、WEBの画面を見て、そっと胸をなでおろした。
綺麗に整列した数字の中に埋もれるように、僕の手元の番号と同じ数字が、確かにそこにあった。
「柔道整復師国家資格」合格発表の時の話だ。
勉強は苦手な方ではなかったが、『試験』となれば少し緊張した。適度なプレッシャーはやる気や自信に繋がると言うが、そこに『国家』が付いただけで、適度を通り越して、かなりの重圧になった。
それはもうしっかり時間をかけて勉強した。
ただ1つ後悔したことは、意地を張って親からの仕送りを拒否したことだろう。おかげで、コンビニと居酒屋のバイトの掛け持ちは辞められなかった。
学校とバイトの合間に、何とか時間を確保して試験勉強をしてはいたが、勉強に集中できる時間を確保できていた同級生が少しだけ羨ましかったし、正直少し嫉んだこともあった。
もし試験に落ちていたなら、「バイトで時間が取れなかったんだ」と言い訳をしながら、自分を納得させていたんだろうなぁと、試験に合格して余裕のできた頭で考えていた。
惨めな言い訳をしている自分を考えるだけでホント辛い。誰にも見られないところで愚痴っている方が絶対に幸せだと思う。
「落ちなくて心底良かった・・・。」
お世話になっていた先輩が「努力さえすれば99.9%受かる試験だから落ちたら努力不足、カッコ悪いの極み」と熱弁していた。
それを聞いた時は、何だかその言葉が腑に落ちて「カッコ悪いのは嫌だ!」と、勉強に気合が入った。
でも、その先輩が実は、国家試験に3回落ちていることを私は知っている(結局4回目で受かったらしいけど)。試験会場でトイレに何回もいく程緊張していたらしいとも聞いている。
まあ、僕は後輩なので、その先輩に余計なことは言わないのだ。でも人情味があって、どこか憎めない、その先輩の勧めで一緒の会社に就職した。
一番辛かったことは、やっぱり早起き。年に一度は大遅刻をしたりして、何らかのペナルティを課せられたこともあった。今では良い思い出だが、もう毎朝辛かった。
正直、入社当初は「こんな会社すぐ辞めてやる」と毎日思っていた。結局、その会社をすぐ辞めることはなかった。
それは、ある言葉が、僕の中で大きな衝撃として残ってしまったからだろう。国家試験に3回落ち、僕を会社に誘った先輩が、僕を入社させようと口説き続けていた時に放った一言だ。
「達成できない理由は、達成する前に辞めてしまうからだ」
そして、先輩は僕が入って3ヶ月で辞めた。理由は色々と飛び交っているが、私が知っているのは、私を会社に紹介したことで、人材紹介のボーナスをもらい終えるタイミングだったということ。
もう一度言うが、私は後輩なので、余計なことは言わないのだ。
就職してしばらくの間は辛いと思う時間が多かった。
しかし、そんな中でも、多くの充実した時間を得ることもできた。
あの時、先輩と同じ会社に入社したことが正解だったのか、それとも間違いだったのか、それは今でも分からないが、今の自分を構成している要素にはなっていると思う。
今だから思うが、最初の就職というのは凄く大事だから将来の自分にとって良い環境であることが大事だなって思う。そう思うのも、入社初日、職場に受けた忘れられないあの衝撃的な出来事があったからだろう。
第2話:僕の仕事は「話す」こと?
入社当日。
もともと、あまり緊張しないタイプではあるが、さすがに初出勤は緊張した。
めちゃくちゃ緊張した。
なぜなら、そのとき接骨院の情報が頭に全くと言って良いほど入ってなくて、どういう患者さまが来ているのかも知らない状態だったからだ。
入社日までに研修もなく、先輩から集合時間だけ聞かされており、いきなり現場にGO!だった。
会社に誘ってくれた先輩以外、どんな先輩(先生)がいるのか、自分と同じように今日から入社する同僚がいるのかも全く分からないので、緊張していただけでなく、不安も膨らんでいた。
友達が入社した会社は、入社前研修が5日間もあったようで文句ばかり言っていたけど、
正直、純粋に羨ましかった。
出勤時間前に院につくように計算して、早起きして、身だしなみも整えて、余裕を持って家を出て、無事に院についた。
集合時間になると、鍼灸師で一つ上の田島さんが色々と準備などを教えてくれた。
田島さんは愛嬌がある女性の先生で、患者さんの人気者で僕も尊敬する先生だ。準備の段階で難しいことは特になく、朝の準備を要領よくこなすことができた。田島さんも安心してくれたようだった。
その後、次々と他の先輩スタッフが出勤されて、準備に加わってくれた。僕はその度に挨拶をした。
第一印象、大事。
そのときも田島さんが寄り添って、常にリードしてくれていたので随分助けられた記憶がある。
開院時間の15分前に院長が来て、すぐに朝礼が始まった。実は院長も初対面だった。
しかし、すごく優しかった。改めて自己紹介をしなくても良いんじゃないか、というほど僕の事を知っていて、みんなに紹介してくれた。このときには出勤前の緊張もほぐれて、リラックスができていた。
開院時間になり、受付さんが患者さんを院内に受け入れ始めた。
次々に患者さんが来院されて、あっという間に待合室は患者さんでいっぱいになった。
先生たちはすぐに患者さんの近くに移動してすさまじい勢いで会話を繰り広げている。あっけに取られる僕を見て、院長はこう言った。
「営業開始まであと数分だけど、君はあそこで一人で座っているNさんと会話をしてきなさい。」
・・・ん?
当然、Nさんとは初対面。
当然、情報は何もない。
リラックスできていたのが嘘のように僕は固まって動けなくなった。
それでも院長に背中を軽く押されてNさんの前まで行き、軽く自己紹介をした後、話をすることにした。実際にNさんと何を喋ったのかは覚えていないが、とりあえず一生懸命に何か話したことは覚えている。
「君の仕事は、まず一週間で全員の患者さんと話すこと。他の業務は適宜教えていくから対応してね。」
僕の仕事は話すこと?意味が分からなかった。僕は喋るためにこの業界に入ったわけではないのに。
不服そうな顔をしていると田島さんが、患者さまの前でそんな顔をするな、とボソッと、しかし語気強く言った。
今では、この言葉があったから今の自分がいると実感している。しかし、当時の僕がこの言葉の意味を理解するまで、しばらくかかった。
第3話:信じて、やってみる
「患者さんの前で不満そうな顔をするな」
田島さんに言われた一言を、今でもはっきりと覚えている。(その顔がめちゃくちゃ怒っていたことも覚えている。)
しかし、僕にも言い分がある。
入社当日だというのに何の説明もなく、いきなり患者さんと会話をするようにと言われても、普通困る。
何度も言うが、僕は柔道整復師である。柔道整復師は喋ることが仕事ではない。
そう思うことは、悪いことではないはずなのに。
しかし、今まで体育会系な環境で教育されてきた自分は、とりあえず先輩の言うことに従う。
笑顔を作り、患者さまと会話を繰り広げた。
心にモヤモヤを抱えながら。
長い長い長い初日の仕事が終わった。
それはもう、喋りまくった。
人生でこんなに気を遣いながら喋ったのは初めてかもしれない。
喋ることがこんなに疲れるなんて思わなかった。
友達と喋るのとはワケが違うと気づいてはいたが、
まさか、
ここまでとは。
充実感もなく、何となく心地悪い疲労だけが残った。後片付けも早々に終わらせて帰ろうとしたら田島さんがご飯に誘ってくれた。猛烈に帰りたかったが断ることはできなかった。(なぜなら、僕は体育会系な環境で教育されてきたから)
それに、帰りたい気持ちよりも、気になることがあったので、ご飯を食べながら聞いてみようと思った。駅近くにある居酒屋に入ったら、いきなり笑顔でお酒が飲めるか聞かれた。
あまり得意ではないと伝えたが、一杯ぐらいは飲めるなら飲んで、と言われたのでしぶしぶ注文。
一息ついて、さっそく質問しようと思った矢先に、田島さんから色々と話しはじめた。それは、僕が疑問に思っている事を全部分かっているんじゃないかというくらいピンポイントに伝えてきてくれた。
その中でも、この言葉が印象的だった。
「『こんなことをして意味があるのかな』と思うことをさせられることはある。けど、上司は、それを部下にさせる前に、すごい時間をかけて検証して、失敗して、そしてこの結論になっているの。だから信じて言われたことをやればいい」
確かにそうだなって思った。
そして田島さんの入社当初のことを聞かせてくれた。
その内容が、これまた結構衝撃的だった。
第4話:田島さんが入社した日
最初は1杯だけで止めようと思っていたのに気が付けば3杯目。お互いほろ酔いぎみだったが、話の内容は覚えている。
田島さんが入社した時の話。初出勤の時、僕と同じ思いをしたらしい。
自分は鍼灸師なのに、患者さまと会話ができるようになれと言われ、次の日の朝には退職の意志を伝えに行ったらしい。
マジか。
今、僕にこうして教育をしている、この人が。しかも、今の院長に退職したいと伝えたら、すんなり受け入れてくれたらしい。
院長マジか。
「でも、最後におせっかいを言わせてくれ」と、院長からこんな話をされたと教えてくれた。
「僕らは皆、技術者で手や機材を使って施術をするから、その技術は磨き続けないといけない。でも、その技術を患者さまに受けてもらうためには、販売をしなければいけない。」
「患者さまが、自分で必要な施術を正しく選べるなら良いけど、多くの人はできないと思う。そうなると、僕たち施術者が代わりに、正しい施術を選択をしなければいけない。」
「でも、僕たちに”信用”が無ければ、その選択を信じてもらうことができない。信用されるには、自分のことを知ってもらわないといけない。もし、技術がまだ十分でないのであれば、まず人間性を判断してもらうのが一番だと、僕は考えているんだ。」
田島さんは、それは嬉しそうに院長の言葉を教えてくれた。
結局、田島さんはどうしたのか、と聞いてみた。
とりあえず辞めたらしい。
(え?嘘でしょ?)
(じゃあ何でここにいるの?)
(注)このコラムは、実話に基づいた作品です。個人情報保護のため、登場する人物・団体名。設定等は一部変更しています。
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