接骨院勤務日報【#5~#8】
田島さんが<僕>に語ってくれた入社当時の話。<僕>と同じような不満を感じ、入社翌日には退職したいと伝え、本当に辞めてしまったらしい。それなら、なぜ今この院で働いているのだろうか?
第5話:『違う』けれど『正しい』こと
辞 め た?
じゃあ、なんで今ここに田島さんはいるの?
方針が合わないと言って辞めた人が戻ってきたという話は、 今まで聞いたことが無い。どんな経緯で戻ってきたんだ?自分にはまったく理解できなかった。
院を辞めた翌日、田島さんは次の就職を探すため、職業紹介所に登録をしに行ったそうだ。
その時、担当者に「もし良ければ、退職理由を教えてもらえませんか?」と言われ、田島さんは経緯を伝えた。
担当者は最後まで口を挟まずに聞いてくれていた。話し終わると、担当者は一言
「その職場に未練はないんですか?」
田島さんは正直に答えたそうだ。
「わからない」と。
退職を伝えた日に院長から言われた言葉が、ずっと田島さんの頭の中に残っていた。
自分の思っていた業界とは『違う』。こんなはずではない。だから、辞めた。
でも、院長に言われた言葉は、『正しい』ことだと思った。
答えを出せずにいた田島さんは、自分より先に社会人デビューした昔からの友達に相談した。
自分の悩みを、葛藤を、理解してもらいたかった。
しかし、友達から飛び出した言葉は、想像していないものだった。
第6話:友人からの叱責
その友達は私より社会人デビューが1年早く、すでに社会人としての風格があった。
その友達は、田島さんの話を聞くや否や
「甘い」
の一言。
「そもそも、あなたが選んだ職場でしょ?リサーチ不足も甚だしいんじゃないの?」
話を聞いてもらうつもりが、全く話をさせてくれない。
かなりキツイ言葉を言われた。でも、その友達は田島さんと仲が悪くなることを覚悟で、言ってくれたらしい。
「私の職場は、お客さんと話せて当然と言われるけど?話せない人間は、もともと採用なんかされない。」
「新人は、入社3ヶ月目からノルマがこなせるようにならないと、自動的に試用期間で勤務終了になるの。」
「コミュニケーションの練習をさせてくれる職場なんて聞いたことないわ。しかも、意味合いまで教えてくれるなんて。」
「普通は、なぜ指導されたのか自分の中でずっと考え続けて、どうしても分からないときに質問して、そこで初めて先輩が教えてくれるんじゃないの?」
「しかも、最後にアンタに言ってくれたこと、すごく正しいことだと思う。技術者として生きていくために、絶対に必要スキルだと思うよ。」
「絶対その院長の元に戻った方が良いよ。」
と、友達から一方的に説教されたらしい。
…怖ェ
さすがの田島さんも若干落ち込みかけていたとき、タイミング良く院長からメッセージが届いた。
何でも、違う職場でも退職者がでたらしく、やっぱり自分たちの指導は間違っていたかもしれないから、ごめんなさい
という内容だった。
田島さんは、すぐに院長に電話をした(説教をしてくれた友達にも「今すぐ電話!それか院長のところに行け!」と急かされたらしい)。
院長に、自分に学ばせようとしてくれたことへの感謝の気持ちを伝え、退職の撤回ができるかを聞いた。
「喜んで受け入れるけど、本当にいいのか?」という、院長からの返信に「よろしくお願いします」と答えた。
そして翌日、田島さんは
職業紹介所の担当者にお詫びを伝えて、今働いている職場に戻ってきたのだと言う。
第7話:決意の翌日
田島さんは、当時のことを思い出しているのか、話している間、嬉しそうな表情を浮かべていた。
田島さんは、自分を叱ってくれる友達に相談したおかげで、院長が気にかけてくれたおかげで、今の職場に復帰することができたのだ。
田島さんが相談をした友達は、エステサロンで働いているらしい。その人は、売上の成績もすごい良いみたいで、今でも何かと相談に乗ってもらうようだ。
ちなみに、田島さんは院の鍼灸部門の2番手だ。この1年で一気に実力と評価を高めたと聞いている。
今度3人でご飯に行こう、と誘ってもらい、僕は色よい返事をした。
が、心の中では一応保留。
(その友達の人に何を言われるのか怖かったので。)
気づけば22時半前だった。居酒屋に2時間もいたことになるが、僕にはほんの10分ぐらいに感じた。
きっと明日の朝はつらい。でも、仕事に対する気持ちは、2時間前とは違って前向きになっていた。
明日からすべての患者さまとしゃべろう。自分のことを理解してもらおう。
そして、早く院の中で田島さんみたいに人気者になろうと思った。
思ったのだが…
次の日の朝、僕は絶望を感じた。目が覚めた瞬間に僕は気づいてしまったのだ。
寝過ごした、と。
終わった。
すぐに院長に電話。
出ない。
田島さんに電話。
出ない。
一体どうすればいいんだろう。院に向かえばいいのか?
途方に暮れていると、院長から折り返しがあった。事情を伝えたら、慌てずにちゃんと準備をして、事故しないよう出勤するように、と言われた。(後で聞いたら、院長は僕が辞めるという電話をしてきたと思っていたらしい。)
少しほっとした。
アルバイトをしていた時、寝坊で遅刻したらめちゃくちゃ怒鳴りつけてくる先輩がいたから。
とは言え、なるべく早く到着できるように急いで準備をして、職場に向かった。当然ながら朝の準備時間には間に合わなかったが、営業時間には間に合うことができた。
院長も出勤していて、僕の顔を見るなりこう言った。
「俺の話聞いてた?」
え?
「俺なんて言った?ちゃんと準備してきてっていったよね?でそれ準備できてるの?」
・・・また、意味が分からなかった。
第8話:「準備する」ということ
俺の話聞いてた?
もちろん、聞いていた。
院長は、確かに「ちゃんと準備をして、事故がないよう出勤をするように」と、僕に伝えた。
だから、僕は準備をして事故しないよう気を付けながら出勤したつもりだ。
(かなり慌ててはいたが…)
しかし、院長は私の顔を見るなり、「それで本当に準備ができているの?」と聞いてきた。
僕は「準備はできています」と答えた。
その一瞬、
院長の眼が、冷たくなった。
そう感じたのも束の間、次の瞬間にはいつもの院長に戻っていた。
後から分かるようになったことだが、院長がこの表情をするときは何か感じること、思うことがあるときだ。
院長に「とりあえず早く準備してきなさい」と言われ、院長のあの眼が気になりながらも、僕は先輩方に遅刻の謝罪を済まし、仕事をスタートさせた。
先輩たちは皆、笑顔で何事もなかったかのように仕事をしていたが、
田島さんの笑顔だけは違った。
笑顔の奥に、あの厳しい表情が垣間見えた。
「あ、後で怒られる」と、一瞬で理解した。
昼休憩に入り、田島さんからの説教に身構えていたが、予想とは違い何も言われることは無かった。
院長は、休憩時間に入る少し前に外出していった。
仕事を抜けてどこに行ったのだろう?院長が出かけても、誰も気にしていない。よくあることなのだろうか?
と、不思議に思っていたら、院長が帰ってきた。
帰ってくるなり、すごい笑顔で呼ばれた。
院長は、昼食を食べた後にコンビニへ行き、僕にプレゼントを買ってきたとのこと。
院長が、僕にプレゼントしたものは、
使い捨てのカミソリと、整髪のワックスだった。
その瞬間、院長が朝に「それで本当に準備ができているの?」と聞いた意味が分かった。
当時、まだ歳が若かったこともあり、服装や見た目には気を使っていた。いつもなら身だしなみには、それなりの時間をかけて準備をしていた。
しかし、遅刻しそうな状況では、さすがに準備に時間はかけられず、寝ぐせだけ整えただけで来てしまった。
正直、髭もそこまで濃くなかったし、寝ぐせだけ整えれば問題はないと思っていた。
院長からは「患者さまにとって、君は100%の状態で初めて商品になる。今後は100%じゃない状態で現場に出ないように」
と優しく叱ってくれた。
今までは、とにかく早く施術入りたいと思っていた。
しかし、こういう社会人としての基礎的な考え方が、今の僕には全くできていないんだと、初めて痛感した。
(注)このコラムは、実話に基づいた作品です。個人情報保護のため、登場する人物・団体名、設定等は一部変更しています。
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