接骨院勤務日報【#29~#33】〈第1章完結〉
【前回までのあらすじ】お正月、実家に戻っていた〈僕〉の元に、院長が新年の挨拶をしに来てくれた。院長は、元旦に自分の一年の計画を立てるようで、院長のお父さんも元旦から仕事をするとのこと。その習慣は、今の僕に引き継がれている。〈第1章完結〉
29話:もやもやの正体
一年の計は元旦にあり
元旦に一年の計画を立てる習慣は、今も続けている(といっても、本当は年末から数日かけて、暇な時にしているのだが)。
僕は次の一年でどうなっていくのか
何のスキルを伸ばしていくのか
今のステージで、僕自身をどうブランディングしていくのか
逆にこうなったらダメだ、とか
細かく決めるのではなく、頭の中で考えたりスマホ・PCに書き出してみたりして、簡単にまとめるのだ。
僕は長期的なビジョンを持つことが苦手で、会社の経営計画も二年までしか作れない。なぜなら、業界も会社も僕自身も、変化・進化していくからだ。二年のうちにだって変わることが多いのに、五年先を考えるのは本当に難しい。
それでも、作らなければならない状況になったら「五年後にこんなことにはならないぞ!計画」を作る。これはこれで、結構役に立つ。仕事で手を抜く、妥協してしまう、ということが少なくなるように感じるからだ。
「こんなことにはならないぞ!計画」で定めた「なりたくない自分」を回避すれば、大概自分の思っている未来に近づいていけると、僕は実感している。
結果として、院長はめっちゃ飲んで、そして僕の家に泊っていった。
翌朝、院長が帰って行くのを見送った後、地元の友達から連絡がきて、一緒に初詣に行くことになった。久々の再会だったので、懐かしい話や現況の話などで盛り上がったが、ここでも何かもやもやした感じがしていた。
院長と話していた時はなかったのに、この違和感の正体は何だろう。
初詣の後、皆で飲もうという話になり、じゃんけんで負けた人の家で飲むことになった。
負けたのは僕だった(一人負けだった…)。
恐る恐る母親に電話したら準備OKだそうで、母親には予知能力か何かがあるんじゃないかと、この時ばかりは疑った。
皆でワイワイ騒いでいる中、18歳から働いてる友人とこんな話になった。
「今まで大学生のこいつらが羨ましかったんだ。遊んでばっかりだし、こっちのことも考えずに遊びに誘ってきて、断ったらノリが悪いって言われてさ。こっちは夜勤もやってんだから、無理に決まっているのにな。
お前もみんなより1年早く働き始めたなら、何となく気持ちが分かるんじゃないか?でも、こいつらも春から俺らと同じ仲間入りだな。」
友人はそう言って笑っていた。僕は、その言葉がストンと胸に落ちた。
そうか、僕も羨ましかったんだ。そして、皆に頑張っていることを認めてほしかったのかもしれない。皆より少し先に社会人になり、大人な付き合いも増えて、皆と少し価値観が変わったなんて思っていた自分が恥ずかしかった。他人と比較して、自分に無いものを嫉む心はきっと自分を滅ぼしてしまう。
気づいてからは頭が切り替わり、今まで感じていた違和感もなくなり、純粋に友達と騒ぐのを楽しむことができた。最終的に、母親や父親も交えて朝方まで飲み会は続いた。
明日には一人暮らしをしている家に戻る。
残りの休暇は、田島さんからの連絡におびえながら、仕事に備えてゆっくりしようと思う。
30話:酔っ払いからの電話
地元の友人たちと飲み明かした翌日
夕方ぐらいに実家を出ようと思っていたが、朝早く起きることができたので午前中に帰れそうだと思い、準備を始めた。父親が家まで送ると言ってくれたが、距離もあるし断った。
そもそも、朝帰ると決めたのも急だったし。
しかし、「これをどうやって家にもって帰る気だ?」と、両親から数ヶ月は生き延びられるアイテム(主に食料品)をプレゼントされた。
段ボール(大)が6箱ぐらいあった。
家まで送ってもらうことになった。
家に到着し、荷物をすべて運び入れて簡単に整理整頓した。父親は一緒にお昼ご飯を食べた後、実家に戻っていた。家で一息ついていたら、電話が鳴った。田島さんの友人である西田さんからだった。新年の挨拶を済ましたところで気が付いた。
西田さんの様子がおかしい。これは・・・
酔っている・・・!
嫌な予感がする。今日はお酒を控えたい、しかもまだ昼すぎだぞ。田島さんだけ警戒していたのが甘かったのか。どうする・・・!?
「あなたのことが大好きな田島さんはもうすでに出来上がっているよ」
震えが止まらなかった。
奇跡的にも、実家から戻るのは3日の夕方以降だと年末に伝えていたので、なるべく早く行きますと言って電話を切った。夕方には酔い潰れているかもしれないと期待しつつ、少し昼寝(現実逃避)をした。
少し眠っただけだが、頭はスッキリした気分になった。眠っている間に、田島さんから着信があったようで(冷や汗が出た)、かけ直してみたが繋がらなかった。それはそれで心配にもなったが、連絡が来るまで今年の計画を立ててみることにした。
僕は、2年後に独立がしたいというビジョンがあった。理由は忘れたが、24歳になる年までにやりたいと思っていた(なんでも、「僕は年男の時に独立したい!」と理由を言っていたそうだが、僕は覚えていない…)。
この計画が、これからの一年を飛躍的に伸ばすことができたきっかけだった。
まずは独立に必要なことを書き出し、分からないことも書き出し、書いて書いて書きまくった。この日スタートしたこの計画ノートは、何冊にもわたって、同じようなことをかき続けたのだ。
一息ついたところで電話が鳴った。田島さんである。
どうやら田島さんが酔っているという情報は間違いだったようだ。田島さんは酔っておらず西田さんが一方的に酔っぱらっていたみたいで、先ほど家まで送り届けたらしい。
さすがに疲れ気味の様子で、「今日は夜も遅いし、やめとこうか」と言われた。
でも、田島さんにも院長に教えてもらったこの計画ノートのことを伝えたくて、「家でゆっくりしたい気持ち半分、話したいこともあるのでご飯に行きたい気持ち半分」と正直に伝えると、「ご飯に行きたい気持ちが100%でないと嫌だ」とのこと。
最近めっきりメンドクサイ先輩になりつつあるが、「100%です!」と元気よく伝えたら、「じゃあ○○駅のコンビニ前で」と、ご機嫌な声で言われたので、自転車で急いで向かった。
31話:乙女・田島さん
待ち合わせのコンビニに到着すると、すでに田島さんは来ていたようで、やはり少しお疲れの様子だった。田島さんを疲れさせるなんて、西田さんは一体どんな酔い方をしたんだろう…。
僕が、凄くすっきりとした顔をしていたらしく、田島さんは開口一番「何か良いことでもあった?」と聞いてきた。
近くのお店に入り、田島さんと乾杯した後すぐに計画ノートの話をしたら、「それ私もやってるよ」と言われて驚いた。
田島さんの場合、お正月にやるわけではなく、もっと短いスパンで定期的やっているとのこと。しかし、一年単位で正月にやるのもアリと思ったようで「今日は早めに帰って、明日はカフェで一緒に作るぞー!」と言われ、明日は近くの喫茶店に集合になった。
こうなるだろうと予測はしていたので、もはや驚かない。
母親譲りの予測がこんなところで発揮されるとは思わなかったが。
「とりあえず、今はどんな感じで書いてるの?」と言われたので見せてみた。
すぐに【独立】の文字を発見され、「2年後は早すぎるんじゃない(笑)?」みたいなことを言われた。
もちろん早すぎることはわかっているし、普通出来ないだろう。しかし、人がしないことをやらないと人生にインパクトがないとも思っている。【誰もやらなかったことを、まず自分がやろう】が、僕の人生のテーマなのだ。
ここで、ふと気になった。
田島さんは独立しないのだろうか。女性だし、結婚も考えているのだろうか。
そんな疑問がうっかり口から出てしまっていたようで、それを聞いた田島さんは
「独立はしたい!それに、結婚も考えている。彼氏もいるしね。」
えええええぇぇぇぇーーーー!!?
知らなかった。全然知らなかった!この人、ほとんど家にいないぞ?話題にも上がらない。え?僕とここにいていいの?彼氏から連絡も来ないのか?
田島さんから聞き出した情報からすると、彼氏さんは顔も性格も職業もかなりハイスペック。就職で関東に行ったそうで1ヶ月に1回ぐらいしか会わないらしい。そして、なぜか田島さんは自分からは会いに行かないという強硬姿勢を貫いている模様。
一年後ぐらいには結婚したいなーとか言い出しているので、計画どころではない。急遽、田島さんの今後を考える会に変更することにした。
とりあえず、すごい勢いで質問をしまくったら、「気持ち悪い」「詮索するな」と、鬱陶しがられたので、いったん落ち着く。しかし、30秒後には「結婚したら仕事はどうするんですか!?」という質問を飛ばしていた。
「結婚したら仕事は辞めるかもしれないし、辞めないかもしれない。それは旦那さんの望むようにする」
さっきまでは、私に合わせてこい!的な感じだったのに、いきなりの大和撫子タイプに驚きは隠せず。頭がパニックである。誰だこの人。
「でも、子供ができたら、また私に主導権を戻すと思う」という予言までしている。その時の表情は今まで見てきた鍼灸師の田島さんではなく、【乙女・田島さん】であった。
でも、僕の勝手なイメージだが、この職業は家庭との両立は大変だと思う。朝早いし夜も遅い。彼氏があれだけハイスペックなら専業主婦という選択肢もあるのに、独立まで考えている。どうして、こんなに一生懸命に仕事ができるんだろう?
シンプルにそのまま聞いてみたら、笑いながら答えてくれた。
「専業主婦だからって楽になるわけじゃないの。新しい環境になれば、その分楽しみもしんどいことも増えるって母親から教えてもらった。子供ができても仕事が変わっても、それは同じ。今までの積み重ねでしか今後の課題は解決できないんだから、なるべくレベルアップしておかなきゃ。」
「今頑張れないやつは、環境が変わっても頑張れない。変化が起こるきっかけは人それぞれだけど、環境やチームのせいにするのは自分が100%を出しきってから!」
【乙女】から【鍼灸師】に戻った田島さんはそう言い放ち、店員さんに焼酎のロックを注文していた。
田島さんの新たな側面を見たような感じがして、混乱しながらも僕は話を聞いていた。
…今日は早く帰りたい。
32話:2年後の目標
明日は、朝から田島さんと計画ノートを作るので、今日は早めに帰る…
つもりだったが、今回もやっぱり深夜近くの帰宅になった。
毎回遅くまで飲むのも慣れたが、眠いものは眠い。
翌日
いつもの出勤時間と変わらない時刻からファミレスに籠城し、計画ノートを田島さんと二人で作った。というよりも、ほとんど田島さんにサポートしてもらった。
田島さんは、すでに頭の中で今後の計画がある程度まとまっており、「変なところがあったら教えてほしい」と言われたが、ほとんど違和感を覚えることはなかった。
田島さんの一年の計画を聞くと、他人の人生であるにも関わらず、少し高揚感を覚えるほどだった。僕の立場でいうのもなんだが、また成長するんだろうなと勝手に予測がついた。
僕の人生はどうだろう。
僕の将来の計画は、田島さんを、誰かをわくわくさせることができるのだろうか。
一瞬悩んだが、できるかどうかの話ではないのだろう。
自分の人生の話をして相手をワクワクさせる、そんな計画をつくらなければいけないのだ。
少し前から計画ノートを作り始めていたこともあり、昼過ぎにはほとんど作り終わった。
初めは色々突っ込んできた田島さんも、最終的には内容を褒めてくれた。
が、その後すぐに
「この一年でこれが本当にできたらすごいけどね。ちょっと頑張らないといけないんじゃない?」とも、少し意地悪そうな笑顔で僕に言った。
休暇もあっという間に終わり、明日から仕事だ。
それもあって、「今日は早く帰ろうか?」という言葉を期待したが、「せっかく早く終わったんだからどっかに行こうか?」という真反対の言葉が飛び出てきた。
プランは任せる、という一番後輩泣かせの言葉を吐きながら、僕の分の会計も済ませてくれて、ファミレスを出た。
どこか行こうと言われても、どこがいいんだろう。田島さんに「逆に、行きたくない場所はあるんですか?」と聞いてみたら、
「面白くないところは嫌。」
心底聞かなきゃよかったと後悔した。
「じゃあカラダでも動かしに行きませんか?」
「ものによる」
「スカッシュとかどうですか?」
「何それ?」
「短時間でもすごい運動になる室内スポーツです」
「どんなの?」
「テニスみたいなもんです」
「やる」
「じゃあ電話します」
急に口数が少なくなった。どうした田島さん。
スカッシュコートは、自分の通っていたジムにあったので良く遊んでいた。お正月も元旦以外は営業しており、コートも空いていたので90分の予約を取った。
最初の30分は田島さんに教えるつもりだったが、自分の読みが甘かった。田島さんはバトミントン部だったらしい。簡単なルールを説明したらいきなりラリーが始まった。普通にできているし、割とうまい。
練習と休憩を繰り返し、ついにゲームをすることになった。田島さんには、バラエティ番組並みのハンデを高圧的に要求され、到底勝てない勝負をさせられたが、何とかイーブンの結果を保っていた。
僕が優勢になると一瞬で得点カウントボードをリセットするという暴挙もあったが、最後は何とか勝った。意地で。
田島さんには「負けたからご飯を奢ってやる」と、少し不機嫌な感じで言われた。
・・・まだ16時ですが?
第1章最終話:僕の人生の計画ノート
流石に、全力でのスポーツは体力を削り取られるので、軽食をおごってもらった後、すぐ解散した。
帰宅して時計を確認すると、まだ18時。
明日からの出勤準備も終わっているし、何をしようかなと考えてみる。
やはり、計画ノートが気になる。
時間を空けてから読み返してみると、客観的に見ることができるようになる。その時はうまく書けたと思ったのに、矛盾しているところ、まだまだ具体性に欠けるところが目に付いてくるので、追加・修正していく。
もし、未来の自分から今の課題やトラブルをどう乗り切るべきなのかアドバイスをもらうことができれば楽なのになぁ。
と、そんなことを考えながら地道に作業を繰り返していたら、いつの間にか没頭していたようで、気が付くと3時間ぐらい経過していた。
自分にとってこの3時間が何につながっていくのだろう?
この頃、自分なりの時間感覚を感じるようになってきていて、この時間は、本当にちゃんと僕の身になるんだろうか?僕はこの作業に時間をかけすぎ?と考えるようになっていた。
もしも、
この若い時の自分に、今の僕がアドバイスするとすれば、
もっとノートを無駄にしても良い
もっと同じことを考えて良い
もっと自分に時間をかけてあげれば良い、と言ってやりたい。
何度も同じことを繰り返し考え、ノートを何冊も無駄にした。
その度「同じことをしてしまった」「時間を無駄にした」と思うことが多々あった。
でも、無駄な過去、無駄な時間など一つもないと、今ならそう思える。最短距離で成功を求めるのも良いと思うが、少し立ち止まって、本質を見失っていないか周りを見渡す時間も必要だと思う。
少し無理やりかもしれないが、「立ち止まる」ことにだって意味があるはずだと思う。
もちろん、何度も立ち止まっていては、何も進まないし変えられない。立ち止まったら、その分を取り戻すために、スタートダッシュを切らなくてはならない。
結局はバランスが大事なのだ。これをやっても意味がないんじゃないか?と思うことは誰しもあると思うが、その時は何も感じられなくても、過去を振り返ったときに意味付けをすればいいのだ。
自分の基礎を作り始めたこの時から、僕の人生が大きく動くことになる。
僕はこの年、副院長に抜擢される。環境がガラッと変わり、責任ある発言をし、責任をもって行動し、結果も今まで以上にこだわらないといけない立場になる。
たくさんのトラブルや試練があり、自分の未熟さから、たくさんのモノを代償にしてしまうことになるのだが…
でも、どんなに大きな失敗にも意味があり、教訓がある。
そして、そこからまた這い上がることは不可能ではないのだ。
~ 第1章「こうして僕は施術家になった」 完 ~
(注)このコラムは、実話に基づいた作品です。個人情報保護のため、登場する人物・団体名、設定等は一部変更しています。
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