接骨院勤務日報【#17~#20】
院長との初めての食事で、完璧に酔いつぶれてしまった〈僕〉。今日は仕事を休んでも良いといわれていたが、急いで準備をして職場に向かう…。
17話:気の使い方にもいろいろある
僕を後ろからキックしたのは…
想像通り、やはり田島さんだった
振り返った時の田島さんの表情は今でも覚えている。
めちゃくちゃ良い笑顔だった。
僕は自分の顔が引きつったのを感じたが、すぐに遅刻したことを謝った。
すると田島さんは「いやー無事でよかったね!院長も無理させすぎたかなと心配してたよ!」と言いながら、なぜか大爆笑していた。
でも、なぜ院長は僕に休みをくれたのかわからない。
普通、「明日休んでいいから」と言ってまで飲ませるだろうか。
僕が休んでも問題ないと思われている?
現場にあまり必要ないからなのか?
脳内で勝手に妄想を繰り広げ、そして勝手にへこんでしまった。
しかし、田島さん曰く休みをくれた理由は別にあるらしい。
この接骨院では、月に1回「リフレッシュ休暇」という休みがある。僕の場合、今日がその日だということ。
初耳なんだけど。
院長曰く、僕は「休みなんていりません!」とか言い出す熱血タイプという位置づけらしく、それなら理由を付けて休ませよう!とのことらしい。
有難迷惑である。(僕ってそんなイメージ…?)
労働環境を整えるための取り組みで、今年から実施しているらしいが僕は知らなかった。それもそのはず、新入社員には初月にサプライズで付与することにしたらしい。
有難迷惑である(2回目)。
でも正直、二日酔いもひどかったので、今日はご厚意に甘えさせてもらうことにしよう。
とりあえず、院中に入り、院長と先輩たちに謝罪と休暇のお礼を言って回り、ポストに入れずに持ってきていた院長宅の鍵も返した。
家に帰り、トイレの住人になりつつもしばらく休んだおかげか、夜にはほとんど回復していた。
接骨院の営業時間が終わった頃、院長から連絡が入った。
「ご飯に行こう」という、まさかの連絡だったが、二日酔いも冷めていたし、空腹感もようやく感じるようになっていたので、了承の返事をした。
院長もダメ元で連絡してみたらしく、まさかOKが来るとは思ってなかった、と言っていた。
また、田島さんから、僕が院長を食事に誘おうか迷っていたことを聞いたらしく、そういう変な気の使われ方はすごく嫌だとも言っていた。
自分で相手の状態を勝手に判断してはいけない。イエスかノーかは、その人本人が決めるものであり、決めなくてはならないのだ、と。
確かに。僕も本当に無理なら断るし、寝ていたら連絡できないもんなと、その言葉に納得。
待ち合わせ場所を決めて電話を切った後、すぐ向かう準備をした。
今日は院長に何を聞こうかな。
18話:「良いお店」は「使えるお店」
昨夜はお酒で酔いつぶれ、今日は仕事を休ませてもらった上に今日も院長に誘ってもらった僕。
なかなかにアグレッシブだなと考えながら、自転車で夜道を進む。
集合場所は自転車で10分ぐらいのところにある焼き肉屋さんだ。お店を選んだのは僕。
自転車をこぎながら、僕は先ほどのやり取りを思い出していた。
「今日はどこで食べる?」
晩ご飯のお誘いに承諾した後に投げられた、院長からのキラーパス。
僕はすぐに「安くて美味い、食べ飲み放題の焼き肉屋さんが○○にあるのでそこに行きたいです。」と答えた。
理由はなんてことない、二日酔いのせいでお昼もトイレの住人と化していたから、胃の中が空っぽだったのだ。酔いがさめて気分がよくなってくると、同時に空腹も襲ってきていた。
そんな理由ではあったが、院長にはめちゃくちゃ褒められた。まだ店に行ってもいないし食べてもないのに、院長のテンションも急上昇だ。
院長曰く、この質問の解答は、かなりセンスが問われるらしい。
院長の見解では、「どこに行く?」という質問されたとき、答えるのに時間をかけるのはすごくもったいない!…らしい。
…まあ、確かに一理ある。
自分が行きたいお店に連れていく人もいるが、回数を重ねると「どこか良いところ知ってる?」と聞いてくるようになる。
高級店を選ぶと殺伐とした雰囲気になるかもしれない。かといって、ファミレスや激安の居酒屋チェーンを指定すると、経済力を下に見ている感じが出てしまう気がする。
こんな時、どう回答するのが正解なんだろう。
お店選びって、こんな難しいものだっけ?
初めの頃は、正解なんて分からないから、とりあえず思いついた店を提案していた。もちろん失敗したこともあるが、さまざまな人と食事に行くようになると、少しずつ僕なりの「良い店の選び方」というものが見えてきたように思う。
要するに、その時の目的や一緒にいる人、さまざまなシチュエーションに合わせて「使える店」を選ぶことだ。他のタイミングにも使えそうなお店であれば、なお良し。
たくさんお酒を飲む人、たくさん食べる人、煙草を吸う人
手早く食事をとりたいとき、ワイワイしながら食べたいとき、食事をしながら話し合いをしたいとき
お店を利用する人の特徴や状況に応じたお店を紹介すると、相手は喜んでくれる。気に入ってくれたらリピートしてくれるかもしれないし、他の人も連れて行ってくれるかもしれない。
自分と世代が離れている人との食事をセッティングする場合は、その人と同世代の知り合いにアドバイスをもらったりすれば良い。
相手が「また使いたい」と思ってもらえるお店を選ぶことが、僕の中で一番ハズレがない店の選び方だと感じている。
とりあえず、今回僕が焼肉屋さんを選んだことは、偶然にも院長の合格ラインを超えていたようだ。
集合場所まではあと少し。僕はペダルをこぐ足に力を入れる。
まさか、あんな展開が待っているとは思わずに。
19話:葛本さんとの出会い
院長が来るにはもう少し時間がかかるかな、と思いながら焼肉屋さんに向かっていたのだが…
到着すると、なぜか院長が待っていた。
嘘でしょ早すぎない?
しかも、よく見ると1人ではない。院長の隣には、全く知らない人がいた。
え!?誰!?
簡単な自己紹介を済ませた後、店の前で立ち話も何なので、とりあえず中に入ることに。本日のスペシャルゲスト(らしい)の葛本さんは、院長から僕のことを聞いていたようで、席に案内されるまでの間に、笑いながら昨日の院長との食事エピソードを聞いてきた。どれくらい飲んで、どのくらいのスピードでつぶれた?から始まり、プライベートな部分もいくつか聞かれはしたが、特に隠すことでもなかったので正直に全部答えていった。
そして、
「うちの会社に来ないか?」
と、いきなりのオーバーヘッドキック並みの発言に、僕は当然むせた。
咳き込みながら、視線を院長の方に向けてみると、いつもと同じ笑顔だった。しかし、今回ばかりはその笑顔の意図は分からなかった。
もちろん冗談だと思った僕は、軽いノリで「院長が良いのならお願いします」と答えた。
すると、院長はすでに僕が来る前に承諾済みだったらしく、ここで衝撃の移籍が確定した。
・・・・・・・・・・・・
いやいやいやいや冗談ですし。誰も本気だと思わないやん!今のナシ!!!
と言いたかったが時すでに遅し、あれよあれよと話が進み、僕にとって貴重な半年間のレンタル移籍が決定したのだ。
ちなみに、僕たちはまだ乾杯もしていない。店内に入ってからの僅か10分の間に起った出来事だった。
(その後、ようやく飲み物が運ばれてきた…。)
葛本さんは、自身がオーナーを務める接骨院があるらしく、そこの接骨院に僕はお世話になるようだ。ひとまず同業だったので安心はした。他にもバーを経営していると聞いて、バーの勤務にはならないですよね?と、念のため聞いてみた。すると、酒飲めないやつは使い物にならないと一蹴されたので、これも安心(?)。
正直まだ実感はわかない。いきなりの急展開に頭が回っていなかったが、今日、院長が僕をご飯に誘った理由はこれだったのか、ということは分かった。
そう思っていたら、「何で君の半年移籍をOKしたと思う?」院長が聞いてきた。
僕が「分かりません」と正直に答えると、
「俺の接骨院に人が足らなくて探していたからじゃないから!」
葛本さん乱入。後にも先にも、本当に人の話が聞けない人だった。
葛本さんとの付き合いはここから始まり、良くお酒を飲みに行くようになるのだが、後にも先にも話を聞いてくれたのは、僕が独立をするときに飲みに誘ってくれた時だけだった。
そして全力で応援してくれた。
「院長から面倒をみてやってほしいスタッフがいるって相談を受けたんだよ。それも、君の面接後すぐに。もちろん入社前だっていうのに、そんな相談をしてきたんだ。今考えてみたら、院長の君に対する分析は大したもんだったな!」
そう言われてびっくりした。
入社前?どうしてそんな早い段階から、僕の相談を?
院長は、いったい何を葛本さんに相談したんだろう。
というか、さっきから気になっていたが…
この二人は一体どういう関係…?
20話:運命の半年
今さらだが、院長と葛本さんは一体どういう知り合い何だろう。
先ほどから、葛本さんは「院長も昔、俺と一緒に働いていたから、色々教えてやったんだ」と言っているし、院長も否定せずに笑っている。もしかして先輩後輩の関係だろうか。
思い切ってどんな関係か聞いてみると、先輩後輩どころか、上司と部下の関係だった。今でいう、院長と僕のような関係性だ。
同世代くらいと思っていたのに、実は10歳ぐらい葛本さんの方が院長より年上らしい。
信じられない、めっちゃ若く見える(見た目もテンションも)。
それこそ、その昔の上司に何を相談したんだろう?先輩じゃなく上司に相談するって、余程のことなんじゃ…え?僕そんなに印象悪かった?????(と、僕は勝手に怯えていた)
僕がソワソワし始めたタイミングで、葛本さんから説明が入った。
「実は2年前も君みたいな新人君がいたんだけど、俺とこうして飯を食べに行った時に、「どこか行きたい店はあるか?」って聞いたんだよ。そしたら、キャバクラに行きたいって言ったから、連れて行ったんだよ。それも、みんなの前で行きたいって言ったから大したものだと思って。
でも、その新人は次の日に遅刻して、言い訳に「行きたくもない店に連れていかれた」とか言ったらしいわ。それを院長が聞いて怒って辞めさせたって聞いた。」
すると、続けて院長が「あれだけ飲ませたのに、今日僕のせいにしなかったから、すごいなって思ってね。だから、君なら葛本さんに預けても大丈夫だと思ったんだ」と僕に言った。
おそらく褒められているのだろうが、何か複雑である。
でも
僕も、もしかしたら同じことをしてしまっていたのかもしれない。
いつか自分も他人のせいにするようになってしまうのだろうか。
少しの不安が、僕の胸をよぎったが、葛本さんは「自分もこうやって酒を飲ませてもらいながら育ててもらったんだ。だから、自分も自分のやり方で人の心を掴み、自分のファンにしていくんだ」と。
後で分かったことだが、葛本さんはどれだけお酒を飲んでも、絶対に仕事はちゃんとする。
ほぼ毎日飲みに行っていたが、元スタッフや元部下、現スタッフ達と仕事の話をしているのだ。そして、みんな、葛本さんがフラフラ遊んでいるのではないと理解している。
「実はお前のところの院長も全然酒が飲めなくて、俺と飲みに行ってもすぐにダウンしていた。俺は酒を飲めなんてあんまり勧めてなかったと思うんだけどなー!」
嘘だ絶対言っているはずだ。すでに今、僕にめっちゃお酒をすすめてくる。
だけど、そうして面と向かって言われた言葉は、今でも覚えている。
世の中には不器用な人が多い。酒が飲めないのに、飲めないと言えない人もいる。
そんな人と付き合える力がお前にあっても良いんじゃないか?
選択肢が広い男になるには、苦手をなくせ。「得意なこと」よりも「苦手だと思う」ことが問題だ。
お前は苦手や違和感にまだまだ対応しきれないから、俺が絶妙に与えてやる。
それを楽しめるようになるまで成長しろよ、この半年で。
僕の長くて短い、一生モノの半年間が始まろうとしていた。
(注)このコラムは、実話に基づいた作品です。個人情報保護のため、登場する人物・団体名。設定等は一部変更しています。
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