接骨院勤務日報【#38~#41】
副院長の日野さんと食事をし、日野さんと地域の方々とのつながりを実感した〈僕〉。日野さんとの患者や仕事に対する意識の違いを目の当たりにしていると、日野さんは誰にも話したことのない自身の目標を教えてくれた。
【38】パワーの使い時
「日野さんのその目標って、他の人は知ってるんですか?」
「いや、今日初めて言ったかな。もし聞かれても、とりあえず「毎日1万円ぐらいの外食できるくらいの給与をもらうことが目標です」って答えているからね。別に隠す気はないんだけど、本音って言うの恥ずかしいから(笑)。
何か分からないけど、お前には話しても良いかと思った、というか言っておかないとダメな気がしてさ。田島のおかげもあると思うけど、お前はなかなかパワーのある新人だよ。でも、そのパワーを使う方向性を間違うと、余計な敵を作ることになるから、気を付けた方が良いよ。」
確かにそうだった。
昔、部活動をしていた時も、同級生や後輩とは上手くいっていたが、先輩とはめっきり相性が悪かった。一部の先輩には、すごく可愛がってもらって今もお付き合いがあるくらいだが、ほとんどの先輩に目をつけられていたと思う。
僕のことを可愛がってくれていた先輩の一人である中島さんにも、こんなことを言われたことがある。
「お前は正しいことを言うし、正しいことをする。だけど、今じゃない!ここじゃない!っていうときが多いな。だから目につくし、正しいことをすればするほど鼻につくんだろう。上手く生きないと潰されるから気をつけろよ。」
中島さんの言うことは正しかったんだ。中島さんたちが卒業して、僕らが最高学年になり後輩に恵まれて、言われたことをすっかり忘れていた。専門学校の時は、僕より何歳も年上の同級生もいたが、部活動で叩き込まれた礼儀やマナーのおかげか、それなりに可愛がってもらっていたから分からなかった。
部活動での過ちを繰り返してしまうところだった。
そうやって思い返していくうちに、何だか懐かしくなって久々に中島さんと話したくなった。連絡先は知っていたので電話をしてみる。中島さんは僕のことを覚えているといるだろうか。
まあ、その時は覚えているどころか、電話が繋がらなくなっていたのだが。
(数年後、居酒屋でバッタリ遭遇して、やっと電話番号ゲット…!)
一夜明けた次の日、院長とご飯に行った。
週の半分は、誰かにご飯をご馳走になっている気がする。僕も将来後輩ができたら、こうやって奢ってあげたりするようになるのかな。
日野さんとの食事は、僕にとって有意義な時間だった。身近にこんな模範的な先輩がいるのに、コミュニケーションを取りにくいという理由だけで避けてしまっていたなんて、もったいない。これからは断られることを恐れず誘おうと思った。
日野ちゃんとの食事会はどうだったの?という院長の質問に対して、僕は、それはもう熱く熱く昨日のことを語っていたみたいだ。
「みたいだ」というのは僕が熱く語ったことをあまり覚えていなくて、気が付けば職場の休憩室で寝ていたからだ。
路上で寝ていなくて本当に良かったと思う。
不思議と二日酔いなっておらず、始発で一度家に帰り、シャワーを浴びてバッチリ身支度を整えて家を出発。いつもの出勤時間の少し前には院に到着できた。今日は一番乗りだと思っていたら、院長はすでにスタンバイをしていた。
さすが院長。もう驚かないぞ。
昨日の記憶で鮮明に覚えていることと言えば、僕がレンタル移籍している間に起こった出来事の話だ。
実は、僕がいない間にスタッフの退職も相次いで起こったようで、さすがの院長も結構ダメージを受けていたみたいだ。自分のスタッフ管理に少し自信がなくなっていたらしいが、日野さんが話してくれた想いや僕の考えを聞いて、すごく安心したと言っていた。
遅かれ早かれ、スタッフとの別れを迎える時はあるかもしれない。やめることが問題ではなく、お互いの別れ方が大切なんだと、スタッフは辞めたいと言っているのに、それを無理に引き延ばそうとしたって、良い状態になるとは限らないと、院長は言う。
それでも、副院長の大嶋さんが退職した時には、さすがにキツかったみたいだ。
【39】最年少副院長との出会い
大嶋さんは、うちの院を辞めた。
その場では詳しくは聞かなかったが、先輩方から聞いた感じだと、大嶋さんはあまり良い辞め方ではなかったみたいだ。
時間がたった今も、院長は顔には出してないが結構きついんだろうなと、僕は感じていた。
日野さんや院長と食事をした日からしばらく経ったある日。
なんと、日野さんが他院の副院長を紹介してくれた。
日野さんが紹介してくれたのは、僕よりも3歳上の東さん。この会社では最年少の副院長だ。
昨年の忘年会で、一度挨拶はさせてもらっていたのだが、その時はゆっくり話をすることはなかった。日野さん曰く、東さんはものすごく上昇思考らしい。
田島さんにも東さんがどんな人なのか聞いてみると、東さんと何度か食事に行ったことがあるみたいで、とても尊敬できる人だと言っていた。
日野さんから東さんのメールアドレスを教えてもらったので、仕事後に送ってみた。
返事がきた。
・・・速い速い速い!レスポンスが速すぎ!まだ1分も経っていないんですが!?
たまたま携帯を触っていたのか???
返信メールには電話番号を教えてほしいとあったので、僕の電話番号を書いて再度メールを送った。電話が来た。
(だから速いって・・・。)
電話越しではあったが簡単な挨拶と連絡させてもらった理由を伝えると、「よし!ご飯に行こう!」と誘われた。もちろん断る理由もなく、「どこ行きましょうか?」と言おうとしたが、東さんの「じゃ今から拾いにいくわ!」という声に「あ、はい。」と言う他なかった。
東さんはカッコいい車で迎えに来てくれて、かなり気合の入った服装だった。そういえば、忘年会の時も裏地が派手な柄のスーツを着ていた気がする。
しかし、これが東さんのスタンダードだ。とにかくカッコよくて憧れた。
純粋に「こんな風になりたい」と思える風貌・性格だった。
連れて行ってくれたお店も、とにかくオシャレ。しかも僕に対して、同性で後輩なのに気遣いが半端ない。すぐにビールを頼んでくれたが、東さんはホットウーロン茶を注文していた。
運転するからという理由もあるが、そもそも東さんは日野さんと同じく、うちの会社では数少ない「お酒を飲まない人」のようだ(嗜む程度には飲めるみたいだが)。
飲み物を注文し、店員さんが離れた直後「で、いきなりどうした?」と言われたが、ここに来るまでの早すぎる展開に圧倒されてしまい上手く説明できない…!
完璧に東さんのペースに飲まれてしまっていて、話している内容も支離滅裂になってしまったような気がする(もはや何て話したかも覚えていない)。
何とか一通り話し終えた後、東さんは「うーん」と一瞬考えた後に「つまり、こういうことかな?」と、支離滅裂だった僕の話を完璧に要約してみせた。僕の話よりピッタリすぎる表現で見事だった。
東さんはもの凄く頭の回転が速い。これも発見だ。
僕の言いたいことが一通り伝わった後、東さんが出した意見は、
「とりあえず今さ、所属している院で一番になれば良いんじゃない?」
答えは非常にシンプル。根回しとかは、もう少し年齢を重ねてから覚えれば良いから、今は副院長になる目標は変えずに、施術人数も、人気も、裏方の仕事も、全てで一番になれば良いんじゃない?とのことだった。院で一番実績も残して、しかも努力もしている人間の言うことは年齢関係なく伝わる、と。
その後も東さんと話を続けて、今度、東さんが副院長を務める接骨院に見学に行かせてもらうことになったのだ。
【40】東さんの働き方
東さんの所属している院は、年間売り上げがグループTOP3に必ず入るグランプリノミネート常連院だ。
一言でいえば、
東さんが院長かと思うくらい、存在感が際立っていた。
僕が所属している院での副院長像とは違う気がする。というか、違う。
僕の知っている副院長は、院長が不在の時に院を仕切り、ある程度、自主的に動くことはあっても基本的には院長の指示ありきだと思っていた。
でも東さんは、すごいスタッフに指示するし、すごい自主的に動く。
副院長というのはこういう存在なのか?
うちの副院長が控えめなのか?
確かに日野さんは目立つようなことは苦手そうだけど、でも控えめかと言われると…。
僕はだんだん何が正しいのか分からなくなってきた。
このモヤモヤした気持ちが自分の中でなかなか消化しきれないまま見学が終わり、帰り際に東さんに質問をしてみた。
『見学どうだった?』
「うちの院とあまりに違いすぎて、何だか分からなくなってきました。東さんの副院長としての働き方と、うちの副院長の働き方、どっちがスタンダードなんでしょうか?」
『日野さんやり方とか、副院長としてのスタンダードが何か、っていうのはよく知らないけど、俺は院長のつもりで働いているからな。
さすがにオーナー感覚はまだ分からんから無理だけど、たくさんのオーナーさんと繋がりを作って話を聞きに行ったりして、ちょっとずつオーナー業も勉強していってる。』
「あんまりピンと来ないんですが…。院長のつもりって、どういうことなんですか?」
『簡単に言ったら、「現場で起こったことに対して、全て責任を負う」っていうつもりで発言してるし、行動してるかな。まあ、最終的に「俺じゃ無理かも」ってなったら院長やマネージャーに相談するけど。』
「それじゃあ、院長は何をするんですか?東さんがそこまで動いちゃったら出る幕ないんじゃ…」
『言葉は悪いけど、俺は正直、上にはサボってもらって楽していてもらった方が、早く抜かせるんじゃないか?って思ってる。だけど今の院長、あんまりサボってくれないんだよね。負けじと俺よりも働こうと仕事を探してくるから。だから、その前に俺が仕事を見つけないといけないから大変(笑)』
「そのこと、院長は気づいてないんですか?」
『気づくどころか、全部共有してるよ。当たり前じゃん。そんなの、黙って動いてたら不信感出るでしょ。』
「ですよね。なんか凄い関係ですね。」
『まあ目指すところは一緒だからな。共有しないメリットはないでしょ。』
僕からの質問が終わると、今度は東さんが僕のプライベートな話題に切り込んできた。初めは少し抵抗があったが、不思議なことに、東さんには自然と話せてしまっていた。
それが何だか、葛本さんと似ていて、少し懐かしく感じた。
【41】目指す場所は同じ
東さんとは、現在も定期的にお会いする間柄となり、公私ともにお世話になっている。
日野さんから東さんへ紹介がつながり、そこからまた別院の副院長とつながり、最終的に会社が経営しているほとんどの院の副院長に会わせてもらうことができた。
僕から紹介してほしいと言ったのもあるだろうが、それでもこんな下っ端な僕のお願いを聞いてくれた先輩方には感謝しかなかった。
お会いした方々は、一生懸命僕の悩みを解決してくれようとする方もいれば、「僕より適任の人がいるよ」と悩みを解決できそうな人を紹介してくれる方、中には感じの悪い方もいた。
適当に話を聞いているかと思ったら、全然話題の違う面白い話をしてくれたり、いつの間にか僕が相談を受けている状況になっていたりと、多くの出会いを経験させてもらったが、僕が求めた副院長になるための答えは、明確にはならなかった。
しかし、「こんな感じがいい」「こういう考えは必要なんだろう」というものは、さまざまな人の意見を聞き、共通している部分を参考にすることにした。
多くの方々と話をさせてもらって思ったことは、
理念や文化の変化は時には必要。でも、その院に残さなければいけないことは必ずある、ということ。
温故知新というやつだ。
捨てたり変えたりしなければいけないこともあるのは事実だ。
しかし、引継ぎを繰り返していく中で、接骨院で残さないといけないものを捨てて、捨てなければいけないものを残してしまい、結果パワーダウンすることがあると知った。
良かれと思って従業員にとって都合の良いように社内のルールは統制しても、そこに落とし穴があるかもしれない。かといって、患者に寄せすぎても上手くいかなくなるかもしれない。
では何を基準にすればいいのか?と疑問に思ったときに指針となるのは、その会社や院の理念やミッションだったりする。
どんな想いで始まったのか?どこを目指していきたいのか?
そのために、運営方法や社内のルールはどう改善する必要があるのか。
会社がどんなに変わっても、きっとそういった根幹は変わらない。
一スタッフだろうと、副院長だろうと、経営者だろうと、
立場や、やることは違っても、目指す場所は同じでなければならないのだ。
(注)このコラムは、実話に基づいた作品です。個人情報保護のため、登場する人物・団体名、設定等は一部変更しています。
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