接骨院勤務日報【#34~#37】第2章
今年一年の計画ノートを作り、今年から目標に向かって本格的に動き出そうとしている<僕>。「2年後に独立する」という目標達成のため、今年1年で〈僕〉に一体何ができるのだろうか。
【34】副院長への第一歩
新年の営業が始まった。
年末のようなバタバタした感じはなく、しばらくはゆったりとした営業日が続いた。
院長も「これぐらいのペースがちょうどいいよね」と焦っているわけでもない。
手が空いてしまうので、ずっと考え事をしていた。何だか、自分だけがそわそわしているような気もする。
年末に具合が悪かった○○さんの膝は大丈夫なのだろうか?
いつも忙しい○○さんは正月ぐらいゆっくりできたのかな?
いやし系の○○さんの腰の痛みはどうだろう。
と、患者さまのことを思う時間が多かった。
決して、突っ立ってぼーっとしていたわけではない!ということは声を大にして伝えておく。
僕が作った計画ノートでは、2年後に独立するという計画だ。であれば、今から動き出さなければ。とりあえず、直近の目標は「副院長」になることだ。副院長になるということは、手技はもちろん、教育や運営に関しても一定のレベルが必要だろう。そこに向かって勉強していくつもりだ。
そんな時、自分のポジションを上げていくには、企画を立案して成功させたっていう事例をつくることが早いのではないか、と計画ノートを書いている時に田島さんに言われたのをふと思い出した。
それなら、時間に余裕のある今の状況は、もしかしてチャンスでは?
手の空いた時間に、スタッフがやることをまとめて、誰でも使えるマニュアルとか作ったらいいんじゃないか?
もしそれが認められたらチャンスが来るかもしれない。
でも、まだ入って丸一年もたたない人間がいきなりそんなことをしていいのか?
いきなり院の運営方針に口を出したりしてもいいのか?
…考えれるリスクは予測済みだ。よし!やってやろう!
この一年で絶対に会社に貢献できる、患者さまに貢献できる仕組みやサービスを考える!
ここに情熱を注ぐことも、この一年のテーマだ。
きっかけは何でもいい。ただ、ずっと情熱を注げると思うものに、最初から情熱を注いでいたい。僕の場合は、患者さまや同僚に対する目配り・気配り・心配りがその対象になった。こうすれば喜んでくれる、ああすれば感動してくれる、ということを効率の良くやり続ける、ということに僕は情熱を注ぎ続けることができた。効率の良さを求めるのは、人間の深層にある欲求だ。
結局自分の力にもなるし、会社のパワーにもなるし、患者さまのためにもなる。
どれかのモチベーションが落ちても、残りの2つの軸で何とか保ち切った。
接客サービスについて、セミナーにいったり、本を読んだり。
接客が素晴らしいと言われているお店には、先輩に連れて行ってもらったり(そして、奢ってもらったり)、背伸びしたりして自分でいってみたり。
電話の対応が素晴らしいと言われてるところには、用事もないのに電話もした(今から思えばいたずら電話に近いものもあり、マナーやモラルに欠ける部分があったかと反省もしている。今は絶対しない!)。
こうして自分なりに努力を重ねていったのだが、この努力はすぐに報われたわけではない。
実はこの企画は、通らなかったのだ。
【35】最初の挫折
この企画は通らなかった。正確に言うと、僕に通す力が無かった。
会社は何も悪くなかったが、それでも自分のやる気は急降下。頑張っても意味がない、辞めたい、自分を大切に思ってもらえていない、と数週間引きずっていた。初めてのチャレンジだったのに。
それに見かねたのか、院長が呆れた顔で昼ごはんに連れて行ってくれた。
『いつまでそんなにふて腐れてる気だ?君の負けた理由を教えようか?それを聞いても納得できないんだったら、一生そのままふて腐れていなさい。』
院長は、珍しくちょっと怒っていた。
でも、それは一瞬だけで、後は冷静に淡々と話をしてくれた。院長は、いつもは感情をあまり出さずに冷静。でも時に感情を少し、大きく出す。院長のこの表現を、今では自分が真似をして仕事に活かすことができている。
結局、院長に指摘された、今回僕の悪かったところを簡単にまとめると、
・情報収集不足
・経験不足
・おごり高ぶり
経験不足は仕方ないにしても、最後の「おごり高ぶり」が一番胸に突き刺さった。
自分が計画を立てて、それに合わせて周りを動かそうと自分勝手な感情を持ってしまったが故の自爆だと。
これは、今でもたまにやってしまうので注意が必要だ。絶対こっちの方が良いと思っても、その環境にいる人間にとってはどうなのか。それを考えずに推し進めてしまうと、上手くいかないことが多い。
会社、同僚、先輩は何を自分に求めているのか。
患者さまは何を求めているのか。
この動きは誰のためになっているのか。
最終的に、患者さまのためになっていないとダメなのだ。自分の提案は、自分の評価を上げるためだけのもので、そのために周りの人間を利用し、患者さまを理由に使った、ただの「エゴ」であったと理解できたのだ。
院長に淡々と指摘され、その通りだったなと反省したことで気持ちの整理もついて、次の日からモチベーションが急上昇した。スタートダッシュには失敗したものの、やらなければいけないことは明確になった。
副院長になるための情報収集だ!自分が知らない場所には絶対に到達できないと分かった。だって、その場所を『知らない』からだ。たとえ、その場所を知り「行きたい!」と思っていても、調べる手段や行く方法を間違えると辿り着くことはできない。
まず、副院長になった人が、なぜ副院長になることができたのかを調査してみよう。現副院長、または副院長のポストを目指している人と接点をつくらなくては。
人脈を作ろうと思ったとき、飛び込みで会いに行くのは賢い方法じゃないと聞いたことがある。誰か協力者に依頼をして、うまく間に入ってもらい、繋いでもらう方が楽だと。
僕の院のもう一人の副院長である鍼灸師の日野さん。
苦手意識は特にないが、接点もあまりない。今回は、日野さんの話を聞いてみよう。そうと決まれば、まずは関係づくりからだ。そう意気込んでいたが、日野さんとの関係を深めるために僕が取った行動で、さらなる課題が見えてきてしまったのだ。
【36】訪問施術の仕掛け人
日野さんを食事に誘おう。
実は今までも何度か話したいという気持ちはあったのだが、日野さんは主に訪問施術を担当していて、院にずっといるわけではない。 しかも、仕事が終わるとすぐに帰ってしまうので、何となく誘いにくかったのだ。
なので、業務が終わるまでに、日野さんが院内にいるタイミングを狙って「来月でもいいのでご飯一緒に行ってください」とお願いをしにいった。すると、快く了承してもらい「それなら今日行こうか?」と言われびっくりした。思っていたより、フットワークが軽いのかもしれない。
「急に大丈夫なんですか?」
『今日は暇だから大丈夫。ただ、俺はお酒飲めないからお手柔らかに頼む。』
この院のスタッフの中で、初めてお酒が飲めない人に会った気がする。
見た目は一番飲みそうな感じがするのに。
「そうなんですか?」
『大勢で騒ぐのって苦手だから、いつも飲み会とか参加しないんだけど、二人だったら良いよ。』
「ありがとうございます。」
『うん。俺も色々話したかったから。』
僕と日野さんが食事に行くことをどこから知ったのか、院長から声をかけられた。
『日野ちゃんとご飯行くらしいね。』
「はい。聞きたいことがあったので。」
『日野ちゃんがOKするなんて珍しいよ!彼はいつも朝早いから夜更かしはしないんだ。』
「そんなに早いんですか?」
『朝6時半から患者さんの施術をやっているんだよ。デイサービスに行く前に施術してほしいっていう患者さんもいるしね。だから、いつも早上がりにしているんだけど、帰らず最後まで仕事してくれる。 でも、さすがに働きすぎだと思って、仕事が終わって用事なかったらすぐに帰って休んでねって言っているんだ。』
「知らなかった…。いつも日野さんと話す機会があまりなかったので。」
『うちのグループで訪問施術を切り開いたのは日野ちゃんだからね!』
「そうなんですか!?」
『それで本当は院長クラスに昇格の話もしたんだけど、断られてね。理由も何回聞いてもはぐらかして教えてくれないんだ(笑)。聞いてみたら?』
1日の仕事が終わった後、いつもなら掃除をしたり明日の準備をしたりと、何かとやることがある。 しかし、今日は院長が気を遣ってくれて、院の受付時間が終了したと同時に『もう上がっていいよ』と言われた。
お言葉に甘えて、帰る準備をしてから日野さんのもとに向かった。院の外で待ってくれていた日野さんは、開口一番
『美味い定食屋に行こう』と言った。
定食屋って食べ終わった後、一息ついたらお店を出るイメージがある。長い時間滞在しても大丈夫なのだろうか。やっぱり早く帰りたいのかな、とも思いながら定食屋の入口を潜ると、
『先生!いらっしゃい!』
と声がかかった。
え?
驚いて声の主へ顔を向けると、院によく来る患者さんが立っていた。
この定食屋さんは、患者さんが働いている店だった。
【37】日野さんの目標
日野さんは、いつも早く家に帰っていると思いきや、地域の方々が働いているお店に毎日のように通っていたらしい。早い時間帯だったら高齢の方もお店にいることが多いのだとか。
店内を見渡すと、確かに若いお客さんより年配の方が多い。今まで、そんなことを考えて晩御飯を食べたことがなかった。いつも同じような居酒屋で、自分と同年代の客が多そうな店を選んでいた。
店員である患者さんと喋っていると、隣の席の人が話しかけてきたり(常連さんのようだ)、患者さんが他のお客さんを話に巻き込んだり、この短時間でかなりの人と顔見知りになった。
日野さんは、『訪問施術をするためには、地域のつながりを作るのが一番大切』という考えをずっと軸にしているそうだ。
見せない努力と見せる努力。やっぱり、すごい人は徹底している。
『ここは定食屋なんだけど、よく酒好きな人たちが夕方から20時くらいまで集まってるよ。20時過ぎたくらいには仕事帰りの人が晩飯食べにくるから、それまでに帰るんだ。だから、この時間は一緒に飲んであげて。』
と日野さんに言われたので、短時間ではあったが常連さんたちと飲みながら喋った。
しかし、肝心の日野さんとの会話は最初の数分喋っただけだ。20時頃になると、仕事帰りのサラリーマンの方がちらほらやってきた。それを見て、もうこんな時間かぁ!と、常連さん方は帰り支度を始めた。
『俺たちも出ようか』と言われ、日野さんも帰るのかな、あんまり話せなかったな、と思いながら後をついて店を出ると、日野さんは定食屋さんの向かい側のスナックを指さした。
『あそこは○○さんのスナックで、今は娘さんがやっているんだ。次はそこね。』
日野さんは、やはり何度か来たことがあるようで、慣れたようにウーロン茶を注文していた。僕は日野さんに『飲んでいいよ』と言われたので、お言葉に甘えてお酒を注文した。
『それで話って何?何か聞きたいことがあるんだっけ?』
やっと本題だ。
「僕は副院長になりたいと思っているのですが、日野さんが副院長になった経緯って何だったんだろうと思って。」
『俺はなりたくてなったわけじゃないけどね。でも、会社から指名されたら拒否はしないかな。』
「でも、院長クラスに昇格する話もあったんですよね?どうして、ならなかったんですか?」
『それは、会社からじゃなくて院長から話をもらっただけで、正式なオファーじゃなかったから別。訪問施術を始めたことで会社に貢献できたけど、その時はまだ地域に貢献できてないなって思っていたんだよ。
会社全体で事業を広げたいからって言われたけど、俺はもう少し地盤を固めたいって言ったら、院長が会社にうまく交渉してくれたみたいで、自分には直接話は来なかったんだ。』
「でも、院長クラスになったら給与も変わるし、チャンスも広がるじゃないですか。」
『俺、別に院長になるためにこの業界に入ったわけでもないし。この地域に長く勤めさせてもらって、成長させてもらった分を地域に返したいっていう思いの方が強いからなぁ。お前はお前の目線で頑張ればいいと思うよ。』
「…僕は自分のことしか考えてなかった気がしますね。」
『別にそんな時もあって良いんじゃない?主語が自分でないとダメな時もあれば、会社や患者さまじゃないといけない時もある。要は使い分けだよ。』
「会社の業績を上げることができれば、自分の待遇も上がるっていう感じですか?」
『いや、「自分の」じゃなくて、「従業員全体の」っていう考えが良いんじゃないかな。お前が従業員全体の待遇を上げることができれば、誰が上に行くべきかは勝手に決まるんじゃない?
俺は、最終的に鍼灸師の給与体系を色々増やして働きやすい環境を作りたいと思っている。例えば、女性鍼灸師が結婚した後でも、パートで訪問施術ができるようにしてあげたいし、そんな仕組みをこの地域でしっかりと作っていきたい。
事業拡大とかも大事なんだけど、俺には俺のやるべきことがあると思っているんだよね。』
(注)このコラムは、実話に基づいた作品です。個人情報保護のため、登場する人物・団体名、設定等は一部変更しています。
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